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こころの音184

人気のあるアニメで、
「魔法少女まどか☆マギカ」という
アニメがあります。

この物語は、
魔法(まほう)少女に対するあこがれを、
逆手(さかて)にとったような
ダークな内容ですが、
通称(つうしょう)キュウべえという宇宙生命体が、
少女に、どんな願いでも、
ひとつだけ叶(かな)えてあげるかわりに、
魔法少女となって
魔女と戦ってほしいという、
契約(けいやく)を結(むす)ぶ物語で、
少女たちは、
自分の願いをかなえるために、
魔法少女となって、
魔女たちと戦うことになる。

魔法少女となったものは、
魔女の呪(のろ)いを受けることになり、
ほっておいたら、その魔女の呪いによって、
自分が死んでしまうことになる。

けれど、魔女を倒すと、
ある種の生命を浄化(じょうか)する
アイテムが手に入り、
そのアイテムによって、
自分の生命を浄化して、
生きながらえることができるという話しです。

だから、魔女と戦い、
魔女を倒(たお)すしかない・・。

それでも、このアニメの中で、
魔女は、呪(のろ)いによって
人間の命を奪(うば)う、
悪そのもののような存在なので、
魔法少女たちは、
その悪である魔女を倒して、
人々と、この世界を守るという
正義(せいぎ)と使命感(しめいかん)があり、
それが、彼女たちの
支(ささ)えになっていた。

けれど、魔法少女たちは、
やがて、
その悪そのものである「魔女」が、
実は、魔法少女のなれのはてであることを、
知ってしまう。

魔女とは、実は、
魔法少女の生まれ変わりであり、
魔法少女たちは、
魔女の呪(のろ)いによって、
最終的には、
「魔女」になってしまう。

すなわち、自分たちは、
世界のため、人々のためと思い、
正義と希望をいだいて、
魔女と戦ってきたのに、
結局(けっきょく)、自分たちが、
人間を呪い、殺していく
魔女になることがわかってしまい、
正義と希望が、
完全に打ち破(やぶ)られてしまう。


そして、魔法少女たちは、絶望(ぜつぼう)していく。


そして、最後の最後、
魔法少女になることを拒(こば)んでいた
マドカは、
魔法少女となることを
決断する。


ひとつの願いと、ひきかえに・・・。


その「マドカ」が叶(かな)えてほしい願いとは、

「過去から現在にいたるまで、
魔法少女から魔女が誕生する前に、
すべての魔女を
消滅(しょうめつ)させてほしい!!」

・・ということだった。

そうなれば、魔法少女たちは、
自分が死ぬ時に、
自分が魔女になるという絶望をいだかず、
希望と正義をもって、
安らかに死んでいける・・。


「魔法少女たちの希望と正義を
 奪(うば)わないでほしい・・」


それが、マドカの願いだった・・。


そのマドカの願いは、
かなえられるが、
その願いがあまりにも壮大(そうだい)であるため、
マドカは、人間としての
個体を保(たも)つことができず、
宇宙のある種の法則(ほうそく)、
概念(がいねん)となって、
宇宙の中に溶(と)けこんでいく。


マドカは、いわば、
魔法少女の希望となって、
宇宙に消えていった。


そうして、魔法少女たちは、
絶望をいだくことなく、
死んでいけるようになっていく。


絶望から、希望へ。

マドカの願いは、
この絶望を消し去り、
希望を生み出すことだったのかもしれない。

あらゆる人々の中から、
絶望を消し去り、
希望を生み出す・・・。


わかりやすい譬(たと)えだから
言うのだけれど、
創価学会(そうかがっかい)の人々がとなえている、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』とは、
そういう力(ちから)だと思う。

すべての人の中から、
絶望を消し去り、
希望を生み出してしまう!


それが、『南無妙法蓮華経』の力です。


だから、創価学会の人たちは、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
ことによって、
どんな苦難(くなん)も乗り越(こ)えていくことが、
できる。

どんな絶望も打ち破(やぶ)り、
希望を生み出し、
そして人生に勝っていける。

南無妙法蓮華経をとなえることは、
無限の希望をもたらすので、
結果として、それは、
自分のさまざまな夢や希望も、
かなえていけるようになっていく。


南無妙法蓮華経の力は、
計(はか)り知れないので、
それだけではないけれど、
希望を生み出す力、
絶望を打ち破る力が、
南無妙法蓮華経だと言えます。



話しは少し変わりますが、
このアニメのストーリーの中で、
「祈れば祈るほど、呪(のろ)われていく・・」
というような表現がでてくる。

確かに、デタラメな宗教、
間違(まちが)った宗教においては、
そう表現(ひょうげん)しても、
いいかもしれない・・。

間違った宗教、デタラメな宗教に
祈るということは、
その間違った宗教、デタラメな宗教に、
自分の生命と人生を、
ささげていくことになる。

間違った、デタラメの宗教に、
自分の生命と人生をささげていったならば、
当然(とうぜん)の結果として、
自分の生命と人生は、
間違った、デタラメなものになっていく。

自分の生命と人生が、
間違ったデタラメなものになっていったならば、
その結果として、
さまざまな不幸が、
もたらされてしまう・・!
ということです。

だから、それは、結果として、
「祈れば祈るほど、呪(のろ)われていく」
ということになってしまう。


それが、
間違った宗教、
デタラメな宗教というものです。

そして、その間違った宗教、デタラメな宗教が、
日本にはびこっている、
葬式仏教(そうしきぶっきょう)や神社信仰、
観光宗教などです。


それとは逆(ぎゃく)に、
『祈れば祈るほど、幸せになっていく!』
『祈れば祈るほど、希望を生み出していける!』
のが、さっきも言ったように、
創価学会の人たちが実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

南無妙法蓮華経とは、
希望の法則なんです・・!


間違った宗教、デタラメな宗教のように、
祈れば祈るほど、
不幸になっていくようなことは、
あってはならない!

本当に幸せになっていける宗教。
本当に悩みを解決していける宗教。
本当に希望をかなえていける宗教が
求められる。

そして、それが、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰です。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

このアニメで、マドカは、
魔法少女たちの絶望を消し去り、
希望となった。

それは、アニメの中の話しだけに、
あまりにも壮大(そうだい)で、
宇宙規模(きぼ)の物語だけれども、
それと同じように、
壮大なエネルギーが、
ぼくたち人間の中にもある!!


その壮大な希望のエネルギー・・!

それが、『南無妙法蓮華経』だと言える。


絶望を打ち砕(くだ)き、
希望を生み出す、
壮大(そうだい)な壮大な、
希望のエネルギーが、
『南無妙法蓮華経』だと
表現できます。

だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経をとなえる時、
ぼくたちの中から、
その壮大なエネルギーが湧(わ)き上がってくる。

それは、人間が持っている
本源的(ほんげんてき)なエネルギーとも
言えますが、
その人間が本来(ほんらい)持っている
本源的なエネルギーが
湧(わ)き上がってくるから、
悩みを解決していけたり、
困難(こんなん)を打開(だかい)できたり、
夢や希望をかなえていけたりするわけです。

そして、幸せと勝利をつかんでいける・・!!


あえて、譬(たと)えるならば、
アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の中で、
マドカが、 自(みずか)ら、
宇宙の力、宇宙の法則(ほうそく)となって、
宇宙をかけめぐり、
魔法少女たちの絶望を消し去り、
希望を生み出していったように、
ぼくたちが、南無妙法蓮華経をとなえる時、
宇宙の希望のエネルギーが、
ぼくたちの生命の中を、かけめぐる。

そして、絶望を消し去り、
希望を生み出していく。

その本源的で、
宇宙的とも言える、
幸せのエネルギーであり希望のエネルギーが、
『南無妙法蓮華経』であり、
絶望を消し去り、
希望を、どこまでもどこまでも
開花していける方法が、
創価学会の人たちが実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だと、
いうことです。


それは、あたかも、
アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の中で、
マドカが、
魔法少女たちの
絶望を消し去り、
希望を、生み出していったように・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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