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こころの音192

聖教(せいきょう)新聞には、
さまざまな困難(こんなん)を乗り越え、
勝利していった体験や、
病気を克服(こくふく)し、
蘇生(そせい)していった
体験の話しがのっていますが、
以前、
多発性骨髄腫(たはつせいこつずいしゅ)を
克服した創価学会の
婦人の体験が、
のっていました。


多発性骨髄腫というのは、
血液が作れなくなる、
骨が溶(と)けてもろくなる、
内蔵(ないぞう)に転移(てんい)する、
などの症状があり、
長い間、効果的な治療が見当たらず、
死に直結(ちょっけつ)するような病気だった。

数年前、
診療(しんりょう)ガイドラインが発表され、
「死のふち」から生還(せいかん)させる
パーセンテージが上昇(じょうしょう)し始めた。

その大変な病気を、克服し、
勝利を手にすることができた
要因(よういん)の一つは、
その創価学会の婦人の、

『強気の姿勢(しせい)』

だったそうです。


その婦人が言っているんですが、

「主治医の先生から
多発性骨髄腫(たはつせいこつずいしゅ)の
説明を聞いている、
その最中から、
もう沸々(ふつふつ)と、
いえ、がんがんと闘志(とうし)が、
こう、このあたりに・・・」

「胸のこのあたりに、
負けじ魂(たましい)が
メラメラと燃え上がって、
心の中で叫(さけ)んでいたんです。」

「病魔(びょうま)め、
私をだれだと思っているんだ、
創価学会(そうかがっかい)の婦人部だぞ!
今に見ていなさい。
お前を私の体から、
たたきだしてみせる!(笑い)」


この気迫(きはく)!
微動(びどう)だにしない確信が、
その後の治療(ちりょう)の成功と
大勢(たいせい)を
決していくことになったそうです。



治療はつらい。
モルヒネの投与(とうよ)、
3種類の抗(こう)がん剤の点滴(てんてき)、
80錠(じょう)の経口(けいこう)タイプの
抗がん剤の服用(ふくよう)、
造血幹細胞の自家移植・・・

通常は痛(いた)みにもだえる
患者が多いなか、
その婦人の場合は
違(ちが)ったそうです。

通常、1ヶ月は続く激痛(げきつう)も、
わずか9日間で
ピタリと消えたそうです。
移植(いしょく)の時間も、
医療スタッフが驚(おどろ)くほど
短くて済(す)んだ。


担当した主治医の方が言っています。

「彼女は強い信念を持って
治療を受けておられました。
治療開始から終了まで、
そして現在も強い信念を持って
戦いつづけておられます。

病気という
最も困難な状況に対峙(たいじ)したとき、
人それぞれ考えはあるでしょうが、
戦い、そして乗り越えた、
彼女を拝見(はいけん)する機会が
与えられたことは、
医師として大変な喜びです。」


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

普通、大病を宣告(せんこく)されたら、
落ち込むのが当然だと思う。

けれどその創価学会の婦人の場合、

「病魔(びょうま)め、
私をだれだと思っているんだ、
創価学会の婦人部だぞ!
今に見ていなさい。
お前を私の体から、
たたきだしてみせる!」

と立ち向かっていった。

大げさに聞こえるかもしれませんが、
創価学会が実践している
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
の仏法は、
それほど偉大(いだい)でスゴイということです。

また、それだけの力が、
創価学会の、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)にはあり、
その仏法を実践した人たちに、
大きな幸せの体験と、確信(かくしん)を、
もたらしていきます。

また、それだけ素晴らしい、
南無妙法蓮華経の仏法を
実践(じっせん)しているということは、
最高に尊(とうと)い
法(ほう)を持ち、
実践しているということなので、
それだけ、素晴らしく、
尊(とうと)い存在だと、
言うこともできます。


ともかく、
このパワー、
信念、
強い強い生命力が、
病気にかぎらず、
人生に襲(おそ)いかかってくる
宿命(しゅくめい)の嵐(あらし)を
乗り越えていく力(ちから)に
なるんだと思う。


そのどんな困難な宿命の嵐も、
乗り越えていける、
無限のパワー、
信念、
無限の生命力の源泉(げんせん)が、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰であることは
言うまでもない・・!


また、
今日話した体験のように、
現実に、
困難や悩みを、
乗り越えていけ、
夢や希望をかなえていける
力(ちから)があるのが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法の信仰です。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音191

昔、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)が
結婚してからしばらくの間、
よく奥さん
話していたそうです。

「団地(だんち)に住みたいな。
コンパクトで便利(べんり)じゃないか。」

「すべて、機能的(きのうてき)に
つくられていますね。」

「少し狭(せま)いかもしれないが、
部屋の数は、そんなになくても、
ご本尊様(ほんぞんさま)さえ、
きちんとご安置(あんち)して、
荘厳(そうごん)できればいいんだから。」

「そうですね。
ご本尊様には、
一切(いっさい)が、
含(ふく)まれていますからね。」


※ちなみに「ご本尊」とは、
創価学会(そうかがっかい)の人たちが
祈る対象としている本尊(ほんぞん)で、
仏(ほとけ)の生命そのものを、あらわしたものであり、
それと同時に、自分の生命そのものを
あらわしたものでもあり、
その必ず幸せになっていける
仏(ほとけ)の生命が、
自分自身の中にあることをあらわしたものが、
「ご本尊(ほんぞん)」です。



奥さんは、言っていた。

『ご本尊様には
一切(いっさい)が
含(ふく)まれていますからね。』


どういうことだろうか・・・?


ご本尊には、一切が含(ふく)まれている。

その一切(いっさい)とは、なんだろうか・・・?


それはおそらく、
人間が幸せになっていくための、
あらゆるもの、
あらゆる宝(たから)、
あらゆる希望と力(ちから)が、
含まれていると、いうことだと思う。

それは、譬(たと)えるなら、
打ち出の小槌(こづち)のようなものだと思う。

打ち出(うちで)の小槌を振(ふ)ると、
宝が、どんどん出てくる。
無限に出てくる。

どんなに辛(つら)い時でも、
どんなに苦しい時でも、
どんなに悲しい時でも、
打ち出の小槌(こづち)を振れば、
幸せの宝が、どんどん出てくる。

当然です。

それが、打ち出の小槌だからです。

それと同じように、
生命における、打ち出の小槌が、
『ご本尊』なんだと思う。

だから、その、
打ち出の小槌(こづち)を、
振ればいい・・!

そして、その、
『打ち出の小槌を振る』ということが、
ご本尊に、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を、
となえる!』
ということに、
あたるんだと思う。



打ち出の小槌を振れば、
無限に宝がででくる。

だから、
「生命の打ち出の小槌」である、『ご本尊』に、
南無妙法蓮華経をとなえて祈る時、
幸せも、希望も、
勇気も、知恵も、
自分の中から、
生命の宝が、
無限に湧(わ)き上がってくる。

幸せを呼ぶ運も、
悩みを解決する力(ちから)も、
生命を蘇生(そせい)させるエネルギーも、
人々を愛していくエネルギーも、
平和と人間性も、
より良い人間になっていくためのパワーも、
夢をつかむ力も、
未来を生み出す力も、
より良い世界を生み出していく
すべてのエネルギーが、
自分の中から、
湧き上がってくる。


なぜなら、
ご本尊には、
すべてが!
含まれているから!

ご本尊は、
生命における、
『打ち出の小槌』だから・・!


実は、そういう、
自分の中にある、
生命のあらゆる、無限の宝が、
『ご本尊(ほんぞん)』
なんだと思う。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

ゆえに、
なにも恐(おそ)れることはない・・。
なにも落ち込むこともない・・。
なにも悲観(ひかん)する必要はない・・。


なぜなら、ご本尊に
南無妙法蓮華経を、となえていったなら、
自分の中から、
幸せや希望、
勇気や知恵が、
無限に引き出され、
湧(わ)き上がり、
そして、
悩みや問題を解決することができ、
夢や希望も、
かなえていくことができる。


『ご本尊には、一切が含(ふく)まれている。』


ご本尊には、すべてが
含まれているがゆえに、
べつに難(むずか)しいことは考えなくても、
自分が思ったとおり、
自分が祈りたいことを、
素直(すなお)に祈っていくことによって、
最高の解決策(かいけつさく)が見いだされ、
自分にとって、
最高の方向に
進んでいくことができる。


それが、『ご本尊』だと思う。


だから、創価学会のご本尊は、
世界中のどんな境遇(きょうぐう)の、
どんな状況(じょうきょう)の人であっても、
ご本尊に、
南無妙法蓮華経をとなえていくことによって、
必ず幸せにしていくことが、できる!!

すべての一人一人に対応(たいおう)し、
あらゆる人の悩みに
完全にマッチして、
一人一人を蘇生(そせい)させ、
幸せにしきっていくことができる。


ゆえに、池田先生夫人が言うように、

『ご本尊には、一切が含(ふく)まれている。』


それが、
あらゆる人の悩みの解決が可能な、
あらゆる人の夢や希望を、
かなえていける力(ちから)のある、
創価学会の
『ご本尊』であり、
創価学会(そうかがっかい)の、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰なんだと思う・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音190

以前、
ブログのコメントで、

「創価学会(そうかがっかい)に入らなくても、
南無妙法蓮華経をとなえていれば、
大丈夫(だいじょうぶ)ですか・・?」

という質問をされたことがあります。

南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)は、
スゴイので、
となえないより、
となえたほうが、
全然、良いけれど、
かといって、
それで大丈夫かといったら、
そういうことでもありません。

南無妙法蓮華経の本当のスゴサは、
人生を、自分を、
世界や生命を、
幸せに変革していく「力(ちから)」に
あると思います。

宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)していく力。
世界を変えていく力(ちから)が、
『南無妙法蓮華経』だと
思います。

けれど、
ほんとうに悩みや問題を解決し、
夢や希望をかなえていくには、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)に
直結(ちょっけつ)した実践活動が、
必要になっていきます。

いくら、南無妙法蓮華経をとなえても、
現実に南無妙法蓮華経の仏法に
直結した実践(じっせん)の行動がないと、
自分の宿命は、
変革され転換されていきません。

ようするに、
南無妙法蓮華経はスゴイけれど、
南無妙法蓮華経をとなえるだけでは、
自分の悩みや問題は、
解決していかないということです。

南無妙法蓮華経を真剣にとなえ、
仏法の実践活動を、
現実にしていった時、
その二つが合(あ)い重(かさ)なり、
幸せが、かけ算されるように、
さまざまな悩みや問題が解決し、
自分の宿命が転換され、
境涯(きょうがい)が変わり、
夢や希望も、
かなえていけるようになっていくんです。


南無妙法蓮華経をとなえることと、
仏法の実践活動の
両輪(りょうりん)があってこそ、
夢や希望がかない、
幸せになっていけるんです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

南無妙法蓮華経は、
蘇生(そせい)の力だし、
南無妙法蓮華経をとなえることは、
スゴイことなので、
病気などの時は、
真剣に南無妙法蓮華経をとなえていくだけでも、
病気が良くなり、
治(なお)ったりすることも
多々(たた)ありますが、
やはり、
南無妙法蓮華経をとなえるだけでは、
不十分だと言えると思います。

どうしても、
南無妙法蓮華経の仏法に直結した、
真実の実践活動が
必要となっていきます。


その仏法(ぶっぽう)に直結した、
実践活動ができる場所が、
『創価学会』なんです。


創価学会は、
南無妙法蓮華経の仏法を、
純粋(じゅんすい)に、
一点の狂(くる)いもなく、
真に正しく実践している、
唯一(ゆいいつ)の団体だと
言えます。

だから、
本当に幸せになりたいのならば、
悩みを解決したいのならば、
また、夢や希望を
かなえていきたいのならば、
どうしても、
創価学会という存在が
必要になっていきます。

南無妙法蓮華経を、となえていくだけでも、
時として、その人を
窮地(きゅうち)から救い、
助けてくれるけれども、
やはり、それだけでは、
本当に幸せになっていくことはできません。

自分の宿命を転換していくためには、
どうしても、
創価学会の中で
南無妙法蓮華経をとなえ、
創価学会の中で、
仏法の実践活動をしていく
必要があります。

その時、
宿命が転換され、
悩みや問題が解決でき、
やがて夢や希望も
かなえていけるようになっていくんです。


だから、創価学会とは、
『幸せを創造(そうぞう)する場所』であり、
創価学会の中で、
南無妙法蓮華経をとなえていった時、
はじめて
南無妙法蓮華経のスゴサ、
偉大(いだい)さ、
その無限大の力を
発揮(はっき)していくことが、
可能になっていく!

と結論(けつろん)することが
できると思います・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音189

「裸の王様」の物語は、
皆さん、
知っていると思います。

裸(はだか)の王様は、
アンデルセン童話です。


ある、おしゃれ好きな王様に、
詐欺師(さぎし)の仕立(した)て屋が
「バカには見えない布地」で
服を作ります。

自分が馬鹿者(ばかもの)だと思われたくない
家来(けらい)や王様たちは、
あるはずもない服を
称賛(しょうさん)します。

王様は、その服を着て
パレードに出かけますが、
やはり、バカだとは思われたくないので、
誰一人(だれひとり)『見えない』とは
言えません。

そんな中、
子ども

『王様は裸だ!』

と真実を言います。

これで我(われ)に返った観衆も
一転(いってん)して、

『そうだ、王様は裸だ。』

と言い出します。

そして、ついに一人残らず、
王様は裸だと、さけぶようになります。

王さまは大弱(おおよわ)り。
王さまだってみんなの言うことが
正しいと思ったからです。
でも、
「いまさら行進パレードを
やめるわけにはいかない。」
と思ったので、
そのまま、今まで以上に
もったいぶって、
パレードを続けたという話しです。



これは、人間がよく陥(おちい)りやすい、
感情の風刺(ふうし)だと思いますが、
探(さが)せは、似(に)たようなことが
世の中には、あると思います。


たとえば、
日本にはびこっている、
さまざまな宗教・・。

それは、葬式仏教(そうしきぶっきょう)や
観光宗教、神社信仰などですが、
それらは、だれも
本当に力や効力(こうりょく)、
ご利益(ごりやく)があるとは思っていないけれど、
かといって、
だれも言わない。

表面上は、いかにも、
ご利益や効力があるように、
もてはやす。

あそこは、何々にご利益(りやく)がある。
あそこはなんとかにご利益がある
とかいっても、
現実には、
確証的(かくしょうてき)なものは、
なにひとつない・・!


だれも「王様は裸だ!」
と言わないように、
ただ、なんとなく、
あがめたて、もてそやす。
そして、
「きっといい事があるに違(ちが)いない」
とか言って、 祈ったところで、
そんなことは、まず、起らない・・。

宗教の虚構(きょこう)が
通常(つうじょう)となり、
それこそ、王様が
裸で町をねり歩くような行為(こうい)が、
まかり通ってしまう。


それが、世間一般的な宗教だと思う。


ところが、子供が、
『王様は裸だ!』
と言ったように、
唯一(ゆいいつ)、真実を言ったのが、
創価学会(そうかがっかい)の人たちです。


「それらの宗教は、間違(まちが)っている。
そんな宗教に祈ったところで、
幸せになどならない。

返(かえ)って、でたらめな宗教に
祈るということは、
自分の生命と人生に害(がい)をもたらし、
不幸になる原因(げんいん)になってしまう!」


そう、はっきりと明言(めいげん)したのが、
創価学会の人たちだと言えます。

事実、その通りです。

それらの葬式仏教や神社信仰、
観光宗教などは、
明(あき)らかに間違っているがゆえに、
その間違った宗教に祈るということは、
自分の生命と人生を、
その間違ったデタラメの宗教に、
ささげることになる。

間違ったデタラメの宗教に
自分の生命と人生をささげていけば、
当然(とうぜん)、自分の生命と人生は、
間違ったデタラメなものになっていく。

自分の生命と人生が、
間違ったデタラメなものになっていったならば、
その結果として、
さまざまな不幸が、もたらされてしまう。

だから、真剣に祈れば祈るほど、
逆(ぎゃく)に、不幸になる原因がつくられていき、
その人の人生に、
大きな害をもたらしてしまう。


それが、真実だと言えます。



不幸の根源(こんげん)には、
間違った宗教がある!ということです。



・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

そして、それとは逆に、
間違いのない、
人々に幸せをもたらしていける、
真実の宗教が、
創価学会が実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だということです。

それが正しい証拠(しょうこ)として、
創価学会は、どんどん発展し、
世界192カ国に広がっている。
そして、その創価学会の
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)の
仏法(ぶっぽう)を実践した、
世界中の人たちを
現実に幸せにしている。

それは、
ひとりひとりの悩みを
解決した結果であり、
ひとりひとりの夢や希望を
実現(じつげん)していけた結果であり、
ひとりひとりが現実に
『幸せになった!』
という結果として、
創価学会は世界中に広まっている。


あたかも、それは・・、
童話(どうわ)・裸の王様で、
子供が
『王様は裸だ!』
と叫(さけ)んだあと、
みんなが、
『そうだ、王様は裸だ!』
と言い、
最後は、すべての人が
『王様は裸だ!』
と言ったように、
ひとりの勇気の声が、
まわりに広がり、
世界に広がり、
その真実の証明(しょうめい)として、
これからも、創価学会は、
広がり続けていくことでしょう・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音188

創価学会(そうかがっかい)は、
世界192カ国に広がっているので、
世界中に創価学会の人たちがいる。

世界の創価学会の人たちの話しも
聖教(せいきょう)新聞にのっているけれど、
海外の人の話しは、わかりやすいので、
紹介したいと思います。


以前、
スペインの創価学会員の話しが
のっていました。

その中で、
スペインの創価学会員である、
エステファニアさんは、言っています。

「信心(創価学会の信心)は、
私の人生を完全に変えました。

入会する前、
私の人生は、
ジェットコースターのように
不安定でした。
私の否定的(ひていてき)な考え方が、
人生を楽しめず、
幸せを感じさせないようにしていたんです。

信心のおかげで、
今は、
「幸福とは何か」が、
分(わ)かります。

苦難(くなん)は乗り越(こ)えるためにあり、
価値(かち)は生み出すためにあること。
自分が変わる時に、
周囲(しゅうい)も変わること。
そして、仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)を通して、
周りの人々をも
励(はげ)ましていくことを
学びました。」


また、創価学会の
女子部の部長を務(つと)める
アルムデナ・ソラナさんは、
言っています。

「スペインの若者は、
宗教は自分を強くするもの、
前進させるものでなくてはならない!
と思っています。
だからこそ、創価学会の、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)を
弘(ひろ)める私たちの使命は
大きいと感じています。

女子部にとって仏法の魅力(みりょく)とは、
自分と向(む)き合い、
自分の人生の意味を知り、
自分を変革(へんかく)できることです。

幸福になるために、
何か自分の外にあるものに
依存(いぞん)するのではありません。

重要なのは内(うち)なる力(ちから)を
どう引き出すかであり、
勝利は自分にかかっている。

そこが仏法の魅力なのだと思います。」

ソラナさんは現在、
公務員として働いてるそうですが、
彼女が、
信心で変わっていく友人の姿に
触(ふ)れて入会したのは
2004年だそうです。

彼女は美容サロンで働いていましたが、
2007年に転職(てんしょく)を決意。
唱題(南無妙法蓮華経をとなえること)と
勉強に励(はげ)む中で
難関(なんかん)を突破(とっぱ)して
勝ち取ったそうです。

ソラナさんは言います。

「私のきょうだいも失業中です。
多くの人の不満(ふまん)は、
いつも政治家に集中しています。
スペインでは雇用(こよう)がなく、
青年が成長するための
可能性がないと言っています。

でも青年部(創価学会青年部)は、
この状況(じょうきょう)を、
信心の実証(じっしょう)を示(しめ)す
チャンスだと、
捉(とら)えていくべきだと思うんです。

私たちは「祈り」と「希望」、
そしてすべてを
変えていけるとの「確信」を
一切の根本(こんぽん)にして
前進します。」


また、創価学会の男子地区リーダーの
ビクトル・パストルさんは、
失業中だった昨年秋に、
就職を勝ち取ろうと決意。
10月29日に予定されていた
池田SGI(創価学会インターナショナル)会長の
スペイン訪問50周年記念の総会までに
結果を出そうと決めた。

しかし、失業率の高さは
尋常(じんじょう)ではない。
客観的(きゃっかんてき)には、
再就職など「不可能」な状況だった。

その中で、
SGIの友の激励(げきれい)を胸に、
創価学会の活動に
全力を注(そそ)ぎながら、
就職活動に取り組んだ。

「総会前日の10月28日の朝、
就職を希望していた会社から
電話がかかってきました。
面接を受けて、
11月から採用(さいよう)が決まったんです!」

とパステルさん。


信心を始めてから今年で5年。

「かつては不平(ふへい)ばかり
言っていましたが、
私の人生は180度、変わりました。」

と喜(よろこ)びを語る。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

スペインは、歴史的には
仏教と関(かか)わりの薄(うす)い国です。
そうした中で、
仏法(ぶっぽう)を弘(ひろ)めるのは
大変だったのではないでしょうかとの質問に、
婦人部本部長のチェロ・パスクアルさんは
答えています。

「確かにスペインの人々は、
一般的に、
仏法は自分たちと
縁遠(えんどお)い宗教だと見ています。

でも、人間の尊厳(そんげん)に根(ね)ざした
平和の精神に引かれて、
仏法に興味(きょうみ)を持つ人が
増えています。
また、一人一人の生命に
仏界(ぶっかい/仏[ほとけ]の生命)という
偉大(いだい)な可能性があるとの教えに、
人々は、
大きな自由を感じるのです。」


最後の
「自由を感じる」
というのは、
象徴的(しょうちょうてき)だと思う。

過去の宗教というのは、
規律(きりつ)が多くあったり、
儀式(ぎしき)ばかりの宗教だったり、
人間のための宗教というより、
儀式のための宗教、
宗教のために人間が縮小(しゅくしょう)し、
人間的に、
狭(せば)められていく感(かん)が強い。

そうではなく、
逆に人間を自由にしていく!
それは、ただ単に
自由ということではなく、
本当の意味での自由です。

幸せをつかむ自由、
夢をかなえる自由、
人生を切り開く自由、
悩みや苦難(くなん)を乗り越(こ)える自由、
成長していける自由、
さまざまな壁(かべ)を打ち破(やぶ)る自由、
人間的に境涯(きょうがい)を高め、
広げる自由、
どんなことがあっても負けない自由・・。

その本当の意味での
『自由』をつかむ力(ちから)が、
創価学会の
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)
の仏法には
あるんです。

だから、創価学会は
世界に認められ、
世界中の人が、
喜々(きき)として実践している。


スペインの方が、
「私の人生は180度、変わった!」
と言うように、
人生をより良く変革(へんかく)し、
夢や希望をかなえ、
本当の意味での自由と幸せを
勝ち取っていけるのが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰なんです・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音187

ある夫婦(ふうふ)がいました。

その夫婦は、
奥(おく)さんが創価学会に入会していて、
その奥さんに勧(すす)められて、
ご主人も、
創価学会に入会したそうです。



それから、数十年が経(た)ち、
そのご主人は、
奥さんに言ったそうです。


「創価学会(そうかがっかい)という、

 こんなに素晴(すば)らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


その夫婦は、
その数十年の間、
経済的な悩みも、
病気の悩みも、
自分の子供の悩みも、
また孫(まご)の悩みも、
あらゆる困難(こんなん)、
試練(しれん)を、
創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰と、
仏法の実践(じっせん)活動である
創価学会の活動によって、
ことごとく解決(かいけつ)し、
乗り越(こ)えてきたそうです・・!


その結論(けつろん)とも言える言葉が、
上にあげた言葉だと思う。


「創価学会という、

 こんなに素晴らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


重みのある、
真実のこもった言葉だと思う。



世間では、いろいろなことを言う。

知りもしないくせに、
適当(てきとう)なデマを、まき散(ち)らし、
創価学会が、まるで
悪そのもののようなデタラメを、
平気で言うやからもいる。

創価学会をバカにするような
風潮(ふうちょう)の流れも、
あったと思う・・。

そんなデマは、当然(とうぜん)、
創価学会の人たちの耳にも入り、
伝(つた)わるはずです。

にもかかわらず、創価学会は、
どんどん発展し、
世界192カ国にまで、広がっている。

それは、たとえ、
どんなデマが世間に広がろうと、
創価学会が、『素晴らしい!』からです。

創価学会に、
真実と正義(せいぎ)があるからです。

もっと言えば、創価学会が、
世界中の、どんな人の、
どんな困難な悩みでも解決し、
ひとりひとりの夢や希望をかなえる
大きな大きな力(ちから)となって、
その人たちを現実に、
幸せにしてきたからです。


真実の幸せ・・・!


その真実の幸せを、
もたらしていける場所が、
創価学会です。


だから、世界中の人たちが、
創価学会の、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえる仏法の信仰を、
やるんです!!。

そこには、ウソがないからです・・!!


理想(りそう)や希望を言うことは、
いくらでもできる。

けれど、現実の、
苦難渦巻(うずま)く悩み、
現実の苦しみを解決していくことは、
至難(しなん)の技(わざ)です。

一人一人に突(つ)き付(つ)けられた現実。

それは時として、
壮絶(そうぜつ)なものがある・・。

その壮絶なる現実の悩み、
苦しみを、
ことごとく解決していけるから、
創価学会の南無妙法蓮華経の
仏法(ぶっぽう)を、やるんです。

また、真剣にやればやるほど、
本当に悩みが解決し、
自分の宿命(しゅくめい)を転換(てんかん)して、
大きな幸せをつかんでいけるんです。


この現実を変えていける力ほど、
価値(かち)のあることはない・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・


現実を変える・・・。


これは、全人類の夢であり、
全人類に共通する願いです。

この願いをかなえることができるから、
人々は、創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえる
仏法(ぶっぽう)の信仰を、
やるんです。

そして、その創価学会の信仰を
やりきった結論として出た言葉が、


「創価学会という、

 こんなに素晴らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


だと思う。


また、創価学会には、
他では決してない、
人間と人間との絆(きずな)、
ほかでは、なかなか感じることのできない
人間愛に満(み)ちているもの事実です。


これほど、素晴らしい世界は、ないんです。


だから、
池田先生(創価学会インターナショナル会長)は、
言った。


『創価学会は、幸せの安全地帯だよ・・!』


それは、事実(じじつ)であり、
それは世界が認(みと)めることであり、
世界の有識者が、
こぞって創価学会を賞賛(しょうさん)し、
大きな期待を抱(いだ)いています。


ゆえに、この創価学会のご主人は、言った。


「創価学会という、

 こんなに素晴らしい世界があることを、

 ぼくに教えてくれて、

 ありがとう・・!」


と・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音186

日蓮大聖人(にちれんだいしょうにん)の
御書(ごしょ)に、
こう、あります。


『一度(ひとたび)、
妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう)と
唱(とな)うれば、
一切(いっさい)の仏(ほとけ)・
一切の菩薩(ぼさつ)・
一切の声聞(しょうもん)・
一切の梵王(ぼんのう)・帝釈(たいしゃく)・
閻魔(えんま)・法王(ほうおう)・
日月・衆星(しゅうせい)・
天神(てんじん)・地神(ちじん)・
乃至(ないし)地獄(じごく)・
餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・
修羅(しゅら)・人天(にんてん)・
一切衆生(いっさいしゅじょう)の
心中(しんちゅう)の仏性(ぶっしょう)を
唯(ただ)一音(いちおん)に
喚(よ)び顕(あらわ)し
奉(たてまつ)る功徳(くどく)・
無量無辺(むりょうむへん)なり。』


ちなみに、御書(ごしょ)とは、
日蓮大聖人が書かれた論文や手紙を、
すべて集めたものをいいます。


池田先生(創価学会インターナショナル会長)が、
言っています。

『妙法(みょうほう/南無妙法蓮華経のこと)は、
ありとあらゆる人びとから、
そして、ありとあらゆる環境(かんきょう)から、
仏性(ぶっしょう)を呼び起こし、
一切を蘇生(そせい)せしめていく
音律(おんりつ)である。』


上にあげた日蓮大聖人のご文の中の、
菩薩(ぼさつ)・声聞(しょうもん)・
梵王(ぼんのう)・帝釈(たいしゃく)・
閻魔(えんま)・法王(ほうおう)・・・や、
地獄・餓鬼(がき)・畜生(ちくしょう)・
修羅(しゅら)・人天(にんてん)などは、
生命と宇宙の働(はたら)きと力(ちから)、
さまざまな可能性や影響力(えいきょうりょく)、
また、生命に内在(ないざい)する
特性(とくせい)や性質、
人それぞれの境涯(きょうがい)や心の変化を、
言葉で表現したものですが、
それらを動かし、
無限の幸せをもたらしていける、
『仏性(ぶっしょう)』という
仏(ほとけ)の生命を、
一言(ひとこと)で呼び覚(さ)まし、
動かしていけるのが、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』
だということです。


仏(ほとけ)の生命を呼び起こす!
といっても、
よくわからないと思いますが、
自分の中にある、
あるいは生命や宇宙の中にある、
幸せをもたらす力(ちから)、
希望の力、
さまざまな悩みを解決し、
夢をかなえていける無限のエネルギーを、
引き出し
呼び起こしていく!と、
いうことです。

その、あらゆる幸せの力を
呼び覚(さ)ましていける力が、
たった一言の
『南無妙法蓮華経』
にはある!!

ということです。


『仏(ほとけ)の生命』の力とは、
そのように、
無限の幸せと希望をもたらす
生命の力だということです。

その、宇宙や世界、
人間や生命の中から、
無限の幸せと希望をもたらす、
『キーワード』となる音律(おんりつ)が、
『南無妙法蓮華経』だということです。


たとえば、公園に、
山田さんが100人、
いたとします。

そうすると、その公園で、

「山田さーーん!」

と呼ぶと、
100人の山田さんが、

「はーい!」

と答える。

それと同じように、
南無妙法蓮華経を、となえる時、
南無妙法蓮華経とは、
「仏の生命の名前」「仏性(ぶっしょう)の名前」
なので、
呼ばれて、
全宇宙の仏性(ぶっしょう)が、

「はーい」

と返事をする。

また、自分の中の仏性も、
呼ばれて、返事をする。

あらゆる環境(かんきょう)、
あらゆる世界、
また自分の中にある仏性も、
呼ばれて、

「はーい!」

と返事をして、
引き出されていく。

そうすると、南無妙法蓮華経とは、
仏性(ぶっしょう)とは、
幸せをもたらす無限の力なので、
自分の中から、
幸せになるための力が引き出され、
また、環境や世界からも、
幸せをもたらす力が
引き出されていく。

その結果、
さまざまなことが好転(こうてん)し、
幸せをもたらし、
また、自分自身の中から
引き出された仏性によって、
自分も幸せに変わっていく。


それが、『南無妙法蓮華経』だということです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経をとなえる時、
全宇宙の、
あるいは世界や環境から、
幸せをもたらす無限の力である
『仏性(ぶっしょう)』が
呼ばれて、
引き出される。

また、自分で
南無妙法蓮華経をとなえることによって、
その自分自身の中から、
仏性、すなわち、
幸せをもたらす無限の力が、
呼ばれて引き出されていく。

自分の中からも、
環境や世界からも、
幸せをもたらす無限の力が、
呼ばれて、
引き出されていくわけです。

自分の中から引き出された
幸せの力と、
環境や世界から引き出された
幸せの力が、
かみ合い、重(かさ)なり合い、
かけ算のように、
より一層(いっそう)の
プラスの結果となって、
もたらされる。

その幸せをもたらす、
無限の相乗効果(そうじょうこうか)が、
創価学会の人たちが、
日々、となえるている、
『南無妙法蓮華経』
だということです。


だから、
創価学会(そうかがっかい)の人たちが、
幸せにならないはずがないんです・・!!

また、だから、
創価学会は世界192カ国に広がり、
人々を現実に幸せにしている!!

だから、どんな困難(こんなん)があったとしても、
南無妙法蓮華経を
真剣にとなえていくことによって、
困難を乗り越(こ)え、
幸せになっていける。

どんな悩みがあったとしても、
真剣に南無妙法蓮華経をとなえることによって、
自身の生命から幸せの力を引き出し、
変革(へんかく)し、
悩みを解決していける。

また、日々、
南無妙法蓮華経をとなえて、
仏法(ぶっぽう)の実践(じっせん)活動である、
創価学会の活動をやっていくことによって、
自身の境涯(きょうがい)を変え、
人間革命していくことができる。

やがてそれは、
夢や希望をかなえ、
幸せと勝利につながっていく!


あらゆるものを動かし、
あらゆるものを変革(へんかく)していく。

あらゆる幸せを引きつけ、
勝利させていく。
また、自分自身が、
本源的(ほんげんてき)に、
幸せに変わっていく!!


それができる、
決定的で、
唯一(ゆいいつ)の法則(ほうそく)であり、
力であり、
エネルギーが、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だと
いうことです・・・!!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音185

創価学会(そうかがっかい)の人たちの、
決定的な強みは、

『祈ることが、できる!』

ということです。

たとえば、
家族にしろ身近な大切な人たちが、
病気や事故にあったとする。

そういう時に、一般的には、
いろいろと手はずをとり、
手を尽(つ)くすことはできるけれども、
その事故や病気にあった人に、
直接的に影響(えいきょう)させることは、
できない。

正直、見守るしかない・・。

容態(ようだい)や回復に
影響させることができず、
見守るしか方法はない・・・。


けれど、
創価学会の人たちは、
違(ちが)う。


現実に病気や事故にあった人の
容態(ようだい)と回復に、
直接的に影響させることができる。


それが、
創価学会の人たちの
祈りなんです・・!


病気や事故にあった人とは、
直接的には関係しないにしても、
その人を知り、回復(かいふく)を願う
創価学会の人たちの祈りによって、
病気や事故の容態をより良く回復させて、
治(なお)っていったことは、
山ほどあると思う。

しかも、それが、
大変な病気や事故だった場合、
なおさら、創価学会の
みんなの祈りが強くなり、
現実に影響力を持ち、
病気や事故にあった人を
回復させていった例は、
それこそ、数えきれないと思う。

もちろん、徹底的な治療(ちりょう)を
ほどこしてもらうのは、
当然(とうぜん)として、
それらの治療などの環境も含(ふく)め、
あらゆるものをより良く
プラスにもっていく力(ちから)が、
創価学会の『祈り』には、
現実にあるんです。


創価学会の人たちの『祈り』が
不可能を可能にした例も、
数えきれないと思う。


それが、本物の祈りなんです。


だからといって、
祈りに効果(こうか)があるのならば、
葬式仏教(そうしきぶっきょう)や観光宗教、
神社信仰などで、
真剣に祈ればいいじゃないかと思って、
祈ってみたところで、
祈りに効果がもたらされることは、
ありません。

それらの祈りは、
間違(まちが)った祈りであり、
葬式仏教や観光宗教、
神社信仰自体が、
間違ったデタラメな宗教なので、
どんなに真剣に祈ったとしても、
なんの効果もありません。

たとえ、命がけで祈ったとしても、
なんの効果もなく、
返(かえ)って、間違った宗教なので、
その間違った結果として、
さまざまな形で
不幸が出現してしまいます。

間違ったデタラメの宗教に祈るということは、
間違ったデタラメの宗教に、
自分の生命と人生を、ささげることになります。

間違ったデタラメの宗教に、
自分の生命と人生をささげていけば、
当然、自分の生命と人生は、
間違ったデタラメのものになっていく。

自分の生命と人生が、
間違ったデタラメのものになっていったならば、
その当たり前の結果として、
さまざまな不幸が、
もらたされてしまう!ということです。


それが、世間一般的な祈りです。


だから、そんなものは、やるべきではない・・!



けれど、さきほども言いましたが、
本物の祈りは違う!

創価学会の、
南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)を
となえる祈りは、
現実に、人生に、
世界に、未来に、
決定的な大きな影響力を
与(あた)えていくんです!

現実を動かすことのできる力(ちから)!

・・それが、創価学会の、
南無妙法蓮華経をとなえて祈るという、
『祈り』なんです。

現実に夢や希望をかなえ、
現実に未来を切り開いていく力!

現実に生命を蘇生(そせい)させ、
生命力を湧(わ)き上がらせ、
立ち上がらせていく力!

現実に悩みを打ち破り、
困難(こんなん)を乗り越え、
人生に、幸せという結果を
もたらす力が、
『南無妙法蓮華経』なんです。


これほど、スゴイことはないんです。
こけほどの武器(ぶき)も、なんいんです。


あらゆるものを幸せに変革(へんかく)していける!
あらゆるものを蘇生(そせい)させていける!


その祈りは、
自分を幸せにするのは当然として、
自分が祈る、その相手も、
その人が家族であろうと、他人であろうと、
真剣に、真心こめて祈ることによって、
その相手の生命を、
現実に蘇生させ、
より良く、幸せにしていけるんです。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

人生、いろいろありますが、
結論(けつろん)から言うと、
創価学会の人たちの、
『南無妙法蓮華経をとなえる』
という祈りほど、
スゴイものは、ないんです。

それは、
棚(たな)からぼたもちのようなことではなく、
さままな勇気や知恵、
最高の努力や行動をもたらし、
あらゆるものを幸せへと動かし、
蘇生(そせい)させ、
最高の結果を生むことになります。

だから、結局(けっきょく)、
南無妙法蓮華経を、となえて祈りきった人が、
勝利していける。
幸せになっていける!

それが、どんな状況(じょうきょう)であれ、
どんな環境(かんきょう)であれ、
どんな苦難や悩みであれ、
それがかりに自分でなくても、
影響を及(およ)ぼし、
蘇生(そせい)させ、
幸せにしていける!


それが、人生と未来を
勝ち取っていける、
決定的で、最強の力と言える、
創価学会の人たちの、
『南無妙法蓮華経をとなえる』、
『祈り』なんです・・。



だから、
人生の、
幸福と勝利を考えるとき、
実は・・、
真実(しんじつ)の祈りを持った人ほど、
強い人は、いない・・。

真実の祈りを持った人ほど、
幸せな人も、いない・・。

真実の祈りを持った人ほど、
人生を謳歌(おうか)し、
幸せを味わっていける人もまた、
いない・・。


なぜなら、真実の祈りは、
人生を切り開く、
幸せを勝ち取る、
そして、最高の歓喜(かんき)を味わっていける、
最大にして、
最強の、
『武器』だからです・・・!


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音184

人気のあるアニメで、
「魔法少女まどか☆マギカ」という
アニメがあります。

この物語は、
魔法(まほう)少女に対するあこがれを、
逆手(さかて)にとったような
ダークな内容ですが、
通称(つうしょう)キュウべえという宇宙生命体が、
少女に、どんな願いでも、
ひとつだけ叶(かな)えてあげるかわりに、
魔法少女となって
魔女と戦ってほしいという、
契約(けいやく)を結(むす)ぶ物語で、
少女たちは、
自分の願いをかなえるために、
魔法少女となって、
魔女たちと戦うことになる。

魔法少女となったものは、
魔女の呪(のろ)いを受けることになり、
ほっておいたら、その魔女の呪いによって、
自分が死んでしまうことになる。

けれど、魔女を倒すと、
ある種の生命を浄化(じょうか)する
アイテムが手に入り、
そのアイテムによって、
自分の生命を浄化して、
生きながらえることができるという話しです。

だから、魔女と戦い、
魔女を倒(たお)すしかない・・。

それでも、このアニメの中で、
魔女は、呪(のろ)いによって
人間の命を奪(うば)う、
悪そのもののような存在なので、
魔法少女たちは、
その悪である魔女を倒して、
人々と、この世界を守るという
正義(せいぎ)と使命感(しめいかん)があり、
それが、彼女たちの
支(ささ)えになっていた。

けれど、魔法少女たちは、
やがて、
その悪そのものである「魔女」が、
実は、魔法少女のなれのはてであることを、
知ってしまう。

魔女とは、実は、
魔法少女の生まれ変わりであり、
魔法少女たちは、
魔女の呪(のろ)いによって、
最終的には、
「魔女」になってしまう。

すなわち、自分たちは、
世界のため、人々のためと思い、
正義と希望をいだいて、
魔女と戦ってきたのに、
結局(けっきょく)、自分たちが、
人間を呪い、殺していく
魔女になることがわかってしまい、
正義と希望が、
完全に打ち破(やぶ)られてしまう。


そして、魔法少女たちは、絶望(ぜつぼう)していく。


そして、最後の最後、
魔法少女になることを拒(こば)んでいた
マドカは、
魔法少女となることを
決断する。


ひとつの願いと、ひきかえに・・・。


その「マドカ」が叶(かな)えてほしい願いとは、

「過去から現在にいたるまで、
魔法少女から魔女が誕生する前に、
すべての魔女を
消滅(しょうめつ)させてほしい!!」

・・ということだった。

そうなれば、魔法少女たちは、
自分が死ぬ時に、
自分が魔女になるという絶望をいだかず、
希望と正義をもって、
安らかに死んでいける・・。


「魔法少女たちの希望と正義を
 奪(うば)わないでほしい・・」


それが、マドカの願いだった・・。


そのマドカの願いは、
かなえられるが、
その願いがあまりにも壮大(そうだい)であるため、
マドカは、人間としての
個体を保(たも)つことができず、
宇宙のある種の法則(ほうそく)、
概念(がいねん)となって、
宇宙の中に溶(と)けこんでいく。


マドカは、いわば、
魔法少女の希望となって、
宇宙に消えていった。


そうして、魔法少女たちは、
絶望をいだくことなく、
死んでいけるようになっていく。


絶望から、希望へ。

マドカの願いは、
この絶望を消し去り、
希望を生み出すことだったのかもしれない。

あらゆる人々の中から、
絶望を消し去り、
希望を生み出す・・・。


わかりやすい譬(たと)えだから
言うのだけれど、
創価学会(そうかがっかい)の人々がとなえている、
『南無妙法蓮華経(なんみょうほうれんげきょう)』とは、
そういう力(ちから)だと思う。

すべての人の中から、
絶望を消し去り、
希望を生み出してしまう!


それが、『南無妙法蓮華経』の力です。


だから、創価学会の人たちは、
『南無妙法蓮華経を、となえる!』
ことによって、
どんな苦難(くなん)も乗り越(こ)えていくことが、
できる。

どんな絶望も打ち破(やぶ)り、
希望を生み出し、
そして人生に勝っていける。

南無妙法蓮華経をとなえることは、
無限の希望をもたらすので、
結果として、それは、
自分のさまざまな夢や希望も、
かなえていけるようになっていく。


南無妙法蓮華経の力は、
計(はか)り知れないので、
それだけではないけれど、
希望を生み出す力、
絶望を打ち破る力が、
南無妙法蓮華経だと言えます。



話しは少し変わりますが、
このアニメのストーリーの中で、
「祈れば祈るほど、呪(のろ)われていく・・」
というような表現がでてくる。

確かに、デタラメな宗教、
間違(まちが)った宗教においては、
そう表現(ひょうげん)しても、
いいかもしれない・・。

間違った宗教、デタラメな宗教に
祈るということは、
その間違った宗教、デタラメな宗教に、
自分の生命と人生を、
ささげていくことになる。

間違った、デタラメの宗教に、
自分の生命と人生をささげていったならば、
当然(とうぜん)の結果として、
自分の生命と人生は、
間違った、デタラメなものになっていく。

自分の生命と人生が、
間違ったデタラメなものになっていったならば、
その結果として、
さまざまな不幸が、
もたらされてしまう・・!
ということです。

だから、それは、結果として、
「祈れば祈るほど、呪(のろ)われていく」
ということになってしまう。


それが、
間違った宗教、
デタラメな宗教というものです。

そして、その間違った宗教、デタラメな宗教が、
日本にはびこっている、
葬式仏教(そうしきぶっきょう)や神社信仰、
観光宗教などです。


それとは逆(ぎゃく)に、
『祈れば祈るほど、幸せになっていく!』
『祈れば祈るほど、希望を生み出していける!』
のが、さっきも言ったように、
創価学会の人たちが実践(じっせん)している、
南無妙法蓮華経の仏法(ぶっぽう)です。

南無妙法蓮華経とは、
希望の法則なんです・・!


間違った宗教、デタラメな宗教のように、
祈れば祈るほど、
不幸になっていくようなことは、
あってはならない!

本当に幸せになっていける宗教。
本当に悩みを解決していける宗教。
本当に希望をかなえていける宗教が
求められる。

そして、それが、
創価学会が実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法の信仰です。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

このアニメで、マドカは、
魔法少女たちの絶望を消し去り、
希望となった。

それは、アニメの中の話しだけに、
あまりにも壮大(そうだい)で、
宇宙規模(きぼ)の物語だけれども、
それと同じように、
壮大なエネルギーが、
ぼくたち人間の中にもある!!


その壮大な希望のエネルギー・・!

それが、『南無妙法蓮華経』だと言える。


絶望を打ち砕(くだ)き、
希望を生み出す、
壮大(そうだい)な壮大な、
希望のエネルギーが、
『南無妙法蓮華経』だと
表現できます。

だから、ぼくたちが、
南無妙法蓮華経をとなえる時、
ぼくたちの中から、
その壮大なエネルギーが湧(わ)き上がってくる。

それは、人間が持っている
本源的(ほんげんてき)なエネルギーとも
言えますが、
その人間が本来(ほんらい)持っている
本源的なエネルギーが
湧(わ)き上がってくるから、
悩みを解決していけたり、
困難(こんなん)を打開(だかい)できたり、
夢や希望をかなえていけたりするわけです。

そして、幸せと勝利をつかんでいける・・!!


あえて、譬(たと)えるならば、
アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の中で、
マドカが、 自(みずか)ら、
宇宙の力、宇宙の法則(ほうそく)となって、
宇宙をかけめぐり、
魔法少女たちの絶望を消し去り、
希望を生み出していったように、
ぼくたちが、南無妙法蓮華経をとなえる時、
宇宙の希望のエネルギーが、
ぼくたちの生命の中を、かけめぐる。

そして、絶望を消し去り、
希望を生み出していく。

その本源的で、
宇宙的とも言える、
幸せのエネルギーであり希望のエネルギーが、
『南無妙法蓮華経』であり、
絶望を消し去り、
希望を、どこまでもどこまでも
開花していける方法が、
創価学会の人たちが実践している、
南無妙法蓮華経をとなえる、
仏法(ぶっぽう)の信仰だと、
いうことです。


それは、あたかも、
アニメ「魔法少女まどか☆マギカ」の中で、
マドカが、
魔法少女たちの
絶望を消し去り、
希望を、生み出していったように・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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こころの音183

中国では、
大変な尊敬(そんけい)を集めている、
大指導者、
周恩来(しゅうおんらい)総理の名前は、
歴史などで、知っている人も
多いと思う。

その周恩来総理は、
1972年、日中国交正常化を
実現させた。

日中国交正常化というと、
日本では、表面上は、
その時の総理だった、
田中角栄氏が実現させたように
言われているけれど、
実情(じつじょう)は違っている。

田中角栄総理は、
お膳立(おぜんだて)が、
すべて整(ととの)えられて、
最後に調印(ちょういん)にサインしたと
いうことだけで、
実際(じっさい)は、
日中国交正常化のために
努力してきた人たちが、別にいる。


その日中国交正常化に尽力(じんりょく)した、
大功労者(だいこうろうしゃ)が、
創価学会インターナショナル会長である、
池田大作先生だと、言える。



当時、中国の周恩来総理は、
民間交流の着実(ちゃくじつ)な
積(つ)み重(かさ)ねの上に、
国家関係の改善(かいぜん)を
図(はか)ろうとしていた。

『民(たみ)を似(もっ)て、
官(かん)を促(うなが)す。』

それが、周恩来総理の
外交哲学(がいこうてつがく)であった。

そして、その哲学は、
対日政策(たいにちせいさく)にも
適用(てきよう)された。

周総理は、
「大衆の中に基盤(きばん)を持つ団体」として、
「創価学会(そうかがっかい)」に
早くから注目していた。

1960年代前半のことである。
それは、池田先生が、
創価学会第3代会長に就任(しゅうにん)し、
日本を左右する社会的勢力(せいりょく)へ、
大発展する時期である。

周総理は、対日政策(せいさく)の関係者に、
創価学会の研究を指示(しじ)した。

また、そのころ、
相次(あいつ)いで訪中(ほうちゅう)した、
中国との友好を志(こころざ)す、
松村謙三氏、高崎達之助氏が、
周総理に、
創価学会を好意的に紹介した。

一方、SGI(創価学会インターナショナル)会長の
池田先生は、1961年、
東京・両国支部の結成大会で、
中国の国連復帰(こくれんふっき)を提唱(ていしょう)。

1964年の11月、
公明党結党にあたっては、
「創立者からの唯一(ゆいいつ)のお願い」として、
日中国交正常化への
努力を促(うなが)した。

1966年5月には、
作家の有吉佐和子氏を介(かい)して、
『中国にご招待(しょうたい)します。』
との周恩来総理の伝言が、
SGI池田会長に伝えられる。


そして、周総理の信頼を
決定づける出来事が起った。


1968年9月8日、
東京・日大講堂で、
池田先生は、
1万数千人の青年を前に、
『日中国交正常化提言』を行った。

当時、反対勢力(はんたいせいりょく)もあり、
日本と中国の関係は、
厳(きび)しいものがあった。

そういう意味で、
国交正常化を提言(ていげん)することは、
自分の身に危険がおよぶ
可能性もあった。

その中での提言である。

日中国交正常化を望む、
友好の先達(せんだつ)である
松村謙三氏は、
『百万力の力を得た!』
と語っています。

そして、1972年、
日中国交正常化は、実現していく。


そして、後に、
1974年、
池田先生と周恩来総理は、
会見する。

その当時、
周恩来総理の病状は、
大変悪化していて、
きびしい状態にあった。

1974年12月5日、
場所は北京(ぺきん)の305病院
周総理の入院先は
機密事項(きみつじこう)で、
池田SGI会長は後に、
そこが病院だったことを知る。

その日の午前、
池田SGI会長は、
鄧小平(とうしょうへい)副総理に会っている。

中国側が
池田SGI会長を最大に
遇(ぐう)した表(あらわ)れだが、
同時にそれは、
総理自身には会えないことを
意味していた。

しかし、12月5日夜の
答礼宴(とうれいえん)の席上、

中日友好協会の廖承志(りょうしょうし)会長が、
そっと告(つ)げた。

「池田会長、
周恩来総理が、待っておられます。」

それは、周総理自身の
強い意向(いこう)であることは、
明らかであった。

SGI池田会長は、
総理の健康を心配し、
いったんは固辞(こじ)するが、

「それでは2、3分だけ。
ひと目お会いしたら、失礼をさせてください」

と、車上(しゃじょう)の人となった。


実は、その時、
周総理は、
『会見するなら命の保証(ほしょう)はできない!』
医師団に、
猛(もう)反対されていた。

だか、総理は、
『どんなことがあっても会わねばならない!!』
と譲(ゆず)らない。

「周恩来同志(どうし)がそこまで言うのなら・・!」
という鄧頴超婦人(とうえいちょう/周総理夫人)の
進言(しんげん)によって、
『5分だけ』
との条件付きで、
認められたのである。

会見上には、
池田SGI会長と香峯子婦人(かねこ/池田会長夫人)
だけが入った。

総理を疲(つか)れさせないよう、
SGI会長が、
そう希望したのである。

「池田会長とは、
どうしてもお会いしたいと
思っていました。
お会いできて本当にうれしい。」

「池田会長は、
中日両国人民の友好関係の発展は、
どんなことをしても必要である
ということを、
何度も提唱(ていしょう)されている。

そのことが私にはとてもうれしい。」

池田会長は、答える。

「中日友好が今日まで発展できたのは、
私たち双方(そうほう)の
努力の成果(せいか)であり、
そして、私たちは、
その努力をこれからも
続けて行くことを希望します。」

時に総理76歳、
SGI池田会長46歳。

「あなたが若いからこそ、
大事に付き合いたいのです。」

総理は言った。

語らいは終始、
和(なご)やかに進んだ。

「そろそろお休みください。」

と書かれた医師団からの
メモが総理に渡された。

総理は、メモを制(せい)して
話しを続けた。

「ご出身はどちらですか」

「東京です」
とSGI会長。

香峯子夫人も
「東京です」

SGI会長が
「二人で一人前です」
と付け加えると、
呵々大笑(かかたいしょう)する総理であった。

だか、中日の未来について語る時、
その目は鋭(するど)かった。

「中日平和友好条約の
早期締結(ていけつ)を希望します。」

「20世紀の最後の25年間は、
世界にとって最も大事な時期です。
お互(たが)いに平等な立場で、
助け合い、
努力しましょう。」


池田SGI会長は、それを
総理の『遺言(ゆいごん)』
と受け止めた。


医師団が、5分だけと
条件をつけて認められて会見は、
周総理の意向(いこう)によって、
30分に及(およ)んだ。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

会見の後、池田SGI会長が、
日中のために
最も心血(しんけつ)を注(そそ)いだのは、
青年交流だった。

創価大学に、
国交正常化後初の国費留学生を受け入れ、
その後、
創大に学んだ留学生の中から、
友好を担(にな)う
多くの指導者が育った。

創大と中国の各大学との
教員・留学生の交換(こうかん)、
全青連(中華全国青年連合会)と
創価学会青年部の相互交流(そうごこうりゅう)。


・・・その池田会長が築(きず)いた
『金の橋』を渡(わた)って、
無数の若い友情が生まれた。


思えば周総理も、
日本に遊学(ゆうがく)し、
青雲(せいうん)の志(こころざし)を
燃やした一人である。

「五十数年前、私は、
桜の咲(さ)くころに
日本を発(た)ちました・・・」

会見で総理は、日本留学の日々を、
懐(なつ)かしそうに振(ふ)り返った。

周総理の来日は大正年代。
中国人への強い差別(さべつ)にさらせれ、
抗日(こうにち)運動にも
関(かか)わっている。

だが、その後の総理の
日本へのまなざしには、
鋭(するど)い分析(ぶんせき)の一方で、
温かいものが通(かよ)っている。

その感情の源(みなもと)には、
日本の庶民(しょみん)との
触(ふ)れ合いがあった。

異国(いこく)から来た
貧(まず)しい周青年に、
何かと世話(せわ)を焼いてくれる
下宿(げしゅく)のおばちゃんがいた。

「お腹(はら)がすいてるでしょう?」

と、いつも、
ご飯(はん)をごちそうしてくれた。

「とくに、その中の
豆腐(とうふ)を使った料理が、
じつにおいしかった。」

「下宿に帰って、
そのあばちゃんと話すとホッとした。」

周総理が、日本の友人に
語ったエピソードである。


人間と人間との、
温かな触(ふ)れ合いのひとしずくが集まって、
やがて国と国の
友好の大海へと注(そそ)ぐ。

凪(なぎ)の時も、
嵐(あらし)の時も、
そのひとしずくに思いをはせたい。


大衆の中で、大衆とともに - - -


周総理が残し、
池田SGI会長が受け継(つ)ぎ、
広げてきた、
友好の、
永遠の基盤(きばん)である・・・。


・・・・・・・・・・・・・こころ(音がないから、音を探して)・・・・・・・・・・・・・

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